2010年11月16日

PNG生活その後  最終話



パプアニューギニアから帰国し、もうすぐ5ヶ月が経とうとしています。
今考えると、つい半年前は常夏の国PNGで生活していたというのはウソのようです。

帰国直後は何を食べてもおいしく、サービスのきめ細かさに驚き、スカイツリーの大きさに唖然とし、そして外を自由に歩ける幸せを実感しました。

そんな「帰国後ショック(隊員の間ではこういう言い方をします)」もひと段落し、慣れてくると逆にあの刺激的な毎日が懐かしくもなってきます。
買い物に行くのもドキドキし、パプア人の適当さに驚かされる毎日でした。

日本に帰り、2年前とは全く違った視点、感覚で過ごしている自分がいます。
電車が10分以上来なくても何も感じなくなりました。
ニュース以外のテレビに興味が無くなりました。
日本の歴史や伝統をもっと勉強したくなりました。
世界の中の日本の位置が少し分かるようになりました。
東京駅で迷っている外国人に話しかけるようになりました。
もっといろんな国を知りたくなりました。

そして、いかに日本が普通でないかがよく分かりました。
ガラパゴスとも揶揄される島国に住む日本人は責任という美学を持ち、謙遜の心を持っています。
私もパプアでの生活でこの2点は他の国が持っていない日本の貴重な精神だと感じ、誇りに思っていました。
ただ、世界の舞台に立った時、精神に従順なあまり損をする事が多く目に付きます。

また、私も同じなので何も言えませんが、日本人は外国語(特に英語)が話せなさすぎます。
私も活動中、どうして日本人は英語が話せないんだ。
もっとお前が英語を話す事ができれば、日本人の知識と精神をもっと学べるのにと何度も言われました。
また先日、日本の高校生と、外国人の高校生とが英語で交流する所を見る機会があったのですが、言葉が通じなくて双方が黙ってしまう様子が多く見られました。
正直とても残念な気持ちになりました。私たち日本人はもっと頑張らないと世界で戦えないと気合が入った瞬間でした。

他にも、嬉しかった事がいくつかあります。

まず、姪っ子が産まれた事です。
実家では毎日情報が飛び交っています。今日は一日ご機嫌だっただのウンチが出ただの…(笑)

それから、思っていたより多くの方がこのブログに立ち寄って下さったこと。
本来は、家族や友人に生活を一手に紹介し、元気である事を伝える目的で始めたブログでしたが、協力隊に興味がある方を始め、パプアに旅行に行こうと考えている方からもメールを頂きました。
本当に嬉しく思います。
これからもお待ちしておりますので、お気軽にどうぞ。



最後に、公演や協力隊の募集説明会などに行くと大抵聞かれる事ですが、帰国後の進路です。
様々な過去を持って参加した同期達は、それぞれの道に進んでいます。

私は元々、教師になる前の経験を積む為に参加しましたが、活動中に自分が他にやりたい仕事を見つけました。
悩みましたが新しい道に進む事に決め、帰国後の就職活動の末、ある海外向けメーカーで働く事になりました。


無事帰国し進路も決まり、これで活動の全てが終了したかと思います。
そこで、この辺で「PNG生活」を締めくくらせて頂きたいと思います。

私は、これからも協力隊経験を社会に還元するボランティアなどの活動を続けていこうと思っています。
このブログを読んで下さったあなたと、どこかでお会いできる日を楽しみにしています。

それでは、最後までお付き合い頂きましてありがとうございました。

PNG生活    完
posted by ゆく at 00:18| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月27日

帰国しました


帰国前は忙しくてブログを書くヒマすらありませんでした…。スミマセン。
そして時間が前後してしまい申し訳ないのですが、帰国前の様子はまた次回。


さて、先日6月22日に無事日本に帰国しました。
思い返せば2年前のこの日、成田空港からパプアニューギニアへ旅立ちました。
あの日も梅雨の蒸し暑い日でした。
希望と不安と寂しさとが入り交じる何とも言えない気持ちで旅立ったあのときからちょうど2年、その時から本当に多くの経験をさせてもらいました。
外見は全く変わっていないと多くの人に言われましたが、中身はおそらく大きく変わったことでしょう。


私が赴任したパプアニューギニア独立国。国土は日本の1.2倍、国民は約600万人と言われていて、国内には800以上の言語が現在でも使われています。
希望して決まったわけではないので、合格通知を見たときには場所すら分からない国でした。
地球の歩き方すら発行されていない、本当に情報の少ない国です。外務省のホームページによると、とにかく「危ない」らしい…。
駒ヶ根訓練所でも100近くある派遣国の中、安全対策の講義で特に名指しで注意されるくらいの注目度。
どんなところ?どれくらい危ないの?文化は?さっぱり分からないまま未知の土地に降り立ちました。
パプアでの赴任前研修でも「とにかく気をつけて!」の一点張り。正直これは大変なところに来てしまったなと感じました。

それから2年、確かにパプアは危ないです。バックパッカーのような旅行は絶対にお勧めできません。
私自身もここには書けないような危ない目に何度も遭遇しましたし、目撃もしました。
そんなパプアニューギニアは、私を大きく成長させてくれたことは間違いありません。


また、これまでなんて狭い世界で生きてきたのだろうと感じさせてくれました。
基本的には親切で暖かい人柄のパプア人は、日本人が失ってしまった優しい心を多く持っています。
私はここ数日間新宿のホテルで生活していましたが、多くの日本人の目の輝きがパプア人とは全く違うことに驚かされました。あなたの目、輝いていますか?
そういったことは、日本を離れてみないと分からないことだと思います。

よく言われる話ですが、私はボランティアとして派遣されたので、当然立場としては現地の人たちに技術移転をする側の人間です。しかし、実際は私がパプア人に教わったことの方が圧倒的に多いです。
いい意味でも悪い意味でもこれほど純粋な人たちは日本にはいないし、彼らが持っていて日本人が持っていない心もたくさんあります。
その心を今度は私が日本人に示すことが、青年海外協力隊として派遣させていた者の責任だと思います。

JICA PNG事務所の方々が最後に開いて下さった宴会で、帰国隊員にそれぞれこの2年間を一文字で表して下さいというお題が出されました。
いろいろ考えましたが、私は「始」という字を選びました。
私を大きく変えてくれたこの2年間という時間は、私の人生にとって始まりだと思います。
これから先この経験を始点として歩んでいこうと思います。


まだ紹介したいことがいくつかあるのでここでブログは終わりにはしませんが、もしこのブログを見て協力隊に興味を持ってくれた人がいたら、それほど嬉しいことはありません。
人生で何がしたいか見つからない、とにかく海外に興味がある、外国語を日常会話以上のレベル身につけたい、途上国に行ってみたいといった人はぜひ応募してみて下さい。
2年間は長いですが、10年分の価値はある2年間になると思います。
私個人の感想ですが、協力隊に応募して後悔は全くしていません。
それに、他のNGOなどの制度と比べて、JICAの後方支援体制や日本での事前訓練は徹底的に行われています。ご安心ください。
もしご興味のある方、聞きたいことがある方がいらっしゃいましたら、私で良ければいくらでもお話しします。
yukumoto.takashis@gmail.com
までメール下さい。

最後に、活動にご協力頂いた皆様、友人、JICA関係者、そして特に暖かい支援をしてくれた家族に感謝の意を表したいと思います。

本当にありがとうございました。
posted by ゆく at 23:56| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月09日

お別れパーティー(学校編)


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キウンガを離れる最後の週末の金曜日、学校がFarewellパーティーを行ってくれました。
私の任期の事情もあり、学期の途中での帰任になってしまいましたが、学校側はすんなり受け入れてくれました。
短い2年間では学校の手伝いをする程度で、迷惑をかけたことの方が多いと思いますが本当によくして頂きました。

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そういえば紹介したか忘れましたが、一応私のCounter PartnerのMr. Ore(年齢不詳)です。
私が来たときは理科の学科長でしたが、今年に入って副校長に昇格しました。
物理に関する知識はいまいちですが、計算力は十分です。
学校のオープニングスタッフだったらしく、キウンガの町での存在感はかなりのものです。
ついでに熱狂的なラグビーファンで、ラグビーリーグの総括も勤めています。

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スピーチの後は生徒たちからプレゼントをもらいました。ビルム(カバン)やシャツの他に伝統的な装飾品などです。
だんだん本当に帰るんだなぁ〜と実感が湧くようになってきました。
posted by ゆく at 11:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月05日

めっちゃすきやねん


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キウンガのタウンを歩いていると、ふと日本語が目に付きました。
たまに「鯛」とか書いたTシャツを着ている人は見ますが、今日は「めっちゃすきやねん」でした。
多分本人は意味も知らずに着ていると思いますが、なかなか粋なTシャツを持っています。

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中国の話でちらっと触れましたが、マジックペン「○ッキー」の偽物「ラッキー」です。
言うまでもなく中国製です。
最近見ていませんでしたがようやく見つけました。ちなみにK2.5(約100円)です。
表示によると、紙、布、木、ダソボールカラスフラスチック、金属などに使えるそうです。カラスの羽にも書けるってことでしょうかね?(笑)
posted by ゆく at 22:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月04日

最後の授業

記念すべき第100回目の記事です!!実はこっそり目標にしていました。
ちなみにこのブログの現在の総文字数は約84,709字です。(笑)



キウンガで授業をする最後の金曜日、7,8ピリオドは物理の授業でした。
半分は前の時間にやった電気の実験の復習をし、後半は授業とは関係のない日本の話などをしました。


話はそれますが、パプアの物理カリキュラムは非常に遅れていて、日本の高校では2,3時間で終わらせてしまう導入に1ヶ月近くかけることになっています。
内容も基礎的なことが多く、応用はほとんどありません。それでも生徒は簡単なミスばかりしますが…。
そもそもこの国の教育省に物理が出来る人がいるのかどうかも疑問です。
毎年日本のセンター試験に当たるNational Examでは設問ミスの連続で、答えが2つ選択肢にあることや、そもそも与えられた情報が足りなくて答えが出せない問題すらあります。
私が10秒で出す解答に10分近く生徒達はかかる印象です。日本の教育はやっぱり進んでいますね。


そんなアマアマなカリキュラムもあって、物理の授業ではいつも時間が余ってしまいます。
そんなときはパソコンで写真を見せたり日本の文化、習慣、歴史なんかを話したりします。
この日は家の荷物を片付けていたら出て来た日本円、クレジットカード、Quoカード、PASMOの話をしました。
久しぶりに日本円を触りましたが、小さいですね〜!日本にいたときは500円玉がとても大きく感じていましたが、こちらのK1コインはその倍近くあるのでそのギャップに驚きます。
いろいろ見せた中でも、PASMOはちょっと理解してもらえなかったかもしれません。
電車も改札も知らないし、電子マネーのイメージすら掴めてもらえなかったようです…。非接触ICチップの説明では???って感じでした。

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授業の最後にはお別れの言葉です。
私の授業に付いてきてくれた事への感謝と、別れの言葉をメッセージとして伝えました。
最後に記念にみんなで写真を撮って握手して終わりました。

私の性格を知っている方は分かると思いますが、私は比較的ドライなハートを持っているとよく言われます。
そんな私にも生徒達の涙は感動を与えてくれました。
posted by ゆく at 15:21| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Wanted オレ


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任期終了が近づくにあたり、同僚のロイが張り紙を作ってくれました。
内容は、日本人が6月に帰るので何か言いたいことや渡したいものがあったら学校まで持ってくるようにとのこと。
生徒向けのものとキウンガのコミュニティー向けのものが町中に張り出されました。
本当は安全対策上よろしくないのですが、キウンガなので大丈夫でしょう。

この張り紙のお陰で普段から有名な数少ない外国人である私は、キウンガの町でさらに話題になるようになってしまいました。
よく行くお店に入ると、村人から今この写真の人が中に入っていったと外で噂され、見知らぬ人からお前のデジカメを売ってくれと言われ、普段から頻繁に感じる視線がチラ見からガン見へと変化しました。
さながら指名手配犯にでもなった気分です…(笑)

そんなこんなでキウンガを離れるにあたり忙しくなってきました。
お世話になった人とのパーティーや、荷物の準備などなかなか大変です。
最後のスピーチ何話そうかな〜?
posted by ゆく at 15:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月26日

タブビル最後の旅


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キウンガから約130km北に行くと、鉱山の町タブビルがあります。
今はSVのYさん一人任地となってしまっていますが、過去には3人の隊員が派遣されました。
鉱山会社OTMLの圧倒的な経済力によって全て管理された人口の町です。
酒、ビートルナッツの持ち込みが厳しく制限され、24時間セキュリティーがゲートに待機し、鉱山会社の許可無くしてお店を開くことはおろか、バスの立ち入りまでが禁止されている町です。


そういえば、2010/5/17(だったかな?間違っていたらゴメンナサイ…)の朝日新聞の一面にタブビルのPollutionの記事が載ったそうです。
数週間前に記者とカメラマンの方がキウンガに来ていたのでその方々の記事でしょう。
魚の専門家Yさん曰く、魚の分類が間違っているそうですが…


タブビルには、インターネットを借りに、野菜を買いに、美味しい食事を食べに、涼しい気候で体を休めに何度も通ったものです。
数えてみると計15回以上もお世話になりました。
赴任した頃は片道4時間の道のりを、しかもパプア人との相乗りバスには肉体的にも嗅覚的にもつらかったのを覚えています。
人間の体は何にでも慣れてしまうもので、今となっては何も苦に感じなくなってしまいました。
来るか来ないか分からないバスを5時間待っても耐えられるようになりました。
人間の体ってスゴイですね。日本では役に立たない能力ですが…。バスも電車も絶対来ますからね。(笑)

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そんなタブビルも今回が最後です。
Yさんが会員であるゴルフクラブのテーブルをわざわざ予約までして下さり、ささやかなお祝いを頂きました。
1時間近く待って出てきたメインのFilletステーキに手を付けて、3人とも固まってしまいました。
「うまいっ!!!」
パプアらしからぬmedium rareの最高の焼き加減、ステーキにベーコンを巻くオシャレさ、そして肉の柔らかさ、どれをとっても100点満点です。

仲の良かったメリーがいなくなってしまっていたので、おそらく従業員やシェフを一新したのでしょう。
大満足のディナーでした。Yさん本当にありがとうございました。
残りの任期も体に気をつけて頑張って下さい。
奥様と一緒に、いつか日本で会える日を楽しみにしています。
posted by ゆく at 09:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月23日

子供が生まれました!!


あ、私じゃなくて姉の話です。
5/20午前6時過ぎに2800グラムの元気な女の子が生まれました。母子ともに健康だそうです。
名前はまだ決まっていませんが、おばあちゃんの溺愛はすでに始まってしまったようです。(笑)
早速国際電話して、「生まれてすぐなんて、まだ宇宙人みたいなんじゃないの?」と聞くと、「それがさぁ、めちゃくちゃ可愛いのよ〜!」とのこと。
先が思いやられます…

ちなみに、偶然にも私の兄弟3人とも出産に立ち会っていないおじいちゃん(私の父親)は、今回もしっかり出張で立ち会えなかったそうです。
これまでの仕事も、そこまで出張の多い仕事ではないと思うのですが、そういう星の下に生まれた人なのでしょう。

年明けに1週間だけJICAに認めてもらった一時帰国も、実は全てこれが理由でした。
ま、無事に生まれてくれたのでよかったです。

今日でちょうど帰国まで1ヶ月。
気持ちはすでに就活へ向いている今日この頃の嬉しい出来事でした。
posted by ゆく at 19:00| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月17日

キウンガの都市伝説


私の任地キウンガは、発展が遅れているこの国の中でも、もっとも発展が遅れている地域です。
島の中心部に位置しながら、この州と他の州を繋ぐ道はなく、唯一この州を出入りする方法が飛行機という特殊な環境です。
全ての物資は飛行機か船で運ばれ、まさしく「陸の孤島」です。

そういった環境からか、伝統的な生活を未だにしている人がたくさんいます。町を出ると手作り(かなり繊細)の弓と矢を持って狩りをしている村人や、川でサゴヤシをココナッツの木の皮で沈殿させている姿をよく見かけます。
もちろん電気や水道はありません。その村の言葉しか話さず、英語もピジン語も理解できない人もいます。
識字率などのデータどころか、人口すら数えられたことがありません。おそらく誰も正確な数字を知らないでしょう。

また、比較的安全な村でも、犯罪は発生します。
時には殺人も起こることがあるそうです。時々私の学校でも、町で遺体が見つかったという事件を耳にします。
当然そういった場合には警察が調査し、犯人は司法によって裁かれるのですが、村で起こった場合は少し違います。
基本的には村の掟が優先され、そこに警察や司法が介入することは許されません。
警察もuntouchableな案件として処理するほかないとのこと。


さて、そんな村出身者や生徒達と話をしていると興味深い話が出てきます。
いわゆる伝説と言われる話や、魔術(魔法)が代々語り継がれ今でも存在しているというのです。

聞いた話をいくつか紹介します。私達にはにわかに信じがたい話ですが、彼らは120%信じているので、軽い気持ちで否定すると険悪な空気になるほどです。
起こった出来事は全て真実(だそう)です。


ケース1 行方不明者の捜索
数年前、鉱山会社に勤めていた従業員が港から川に転落し行方不明になりました。大騒動になり、村人総出で捜索したにもかかわらず何一つ発見されませんでした。そこで、鉱山会社はオーストラリアからダイバーを呼び、ヘリコプターまで動員しての捜索に乗り出しましたが何も発見できません。ついに1週間ほど経ち、捜索の打ち切りを考え始めたときにある村人が現れ、こう言いました。「この港は昔精霊が住んでいた丘を削りその上に建てられた。その精霊には昔から数年に一度生け贄を捧げなくてはいけなかった。安否は絶望的だが、私がお祈りすれば体だけは返してくれるかもしれない。」そして彼はお祈りを始めます。すると、今まで徹底的に捜索してきた転落地点と全く同じ場所から体が浮き上がってきたのです。
当然見つかったのは息を引き取ったあとでしたが、そこにいた数百人の群衆の度肝を抜いた大事件になったそうです。


ケース2 浮気男の不審死
キウンガ周辺の村では伝統的に一夫多妻が認められていますが、一方で昔から絶対的に禁止されていた地域もあります。私がいるWestern州の北に位置するSandaun州のとある村で結婚した男がいました。彼の村では一夫多妻が禁止されており、もし破ると呪い殺されるという言い伝えがありました。そんなことを信じていない彼は、Sandaunに妻子を置いてWestern州にやってきました。そこで禁止されている二人目の結婚をしてしまったのです。数年経ったある日、彼が二人目の妻の村にいると、ヒュンッ!ヒュンッ!と音が鳴り始めました。周りにいた人も何が起こったのかとあたりを回していると、突然その男が胸を押さえ倒れ、そのまま亡くなってしまいました。不審に思い村人が彼の胸を開けてみると、体の中から心臓だけが抜け落ちていたのです。言い伝えを知っていた彼らはやっぱり呪いかと思ったそうです。サングーマ(悪霊)が心臓だけを食べてしまうのだそうです。
この手の話はたくさんあり、本当によく聞きます。そのうちの一つを紹介しました。


ケース3 好き薬
これは、特定の片思いをしている異性から好かれる方法です。まず、相手がいつも欠かさず持ち歩いているものを手に入れます。そのものを丸3日間肌身離さず持ち続けます。このとき、本人を含め異性とは会話などの関わりを一切持ってはいけません。そして4日目、呪文を唱えながらそっと手に入れたものを返します。するとそのものを通じて彼女の気持ちがあなたへと傾き、恋愛関係となるでしょう。

肝心の呪文ですが、こっそり教えてもらいました。ただ、言葉と言うより音に近く、何とも表現しにくいものでした。魔法を使うには当然リスクも伴い、失敗すると嫌われてしまうそうです(笑)。
これと同様の話もたくさんあります。顔に塗るとモテモテになるオイルや、女子ドミトリーを全員寝かせてしまう呪文などもあります。
本当に使って成功する人もたくさんいるとのこと。この話を教えてくれた彼も何度か使い、使っている現場も見たことがあるらしいです。

ちなみに、男子生徒とこのような話で盛り上がると必ず私に忠告してくることがあります。彼らは私に、面識のない女性からタバコ(私は吸いませんが…)、アメ、ビートルナッツなどを絶対にもらってはいけないと言うのです。
女性が使う魔法は非常に強力で、これにかかると絶対に抜け出せないらしい。
特に外国人男性はお金を持っているので狙われやすく、本当に注意した方がいいといろいろな人に言われました。
世界にはいろいろな婚活があるようです。あなたも一度試してみてはいかがですか?


あと2,3は書こうと思いましたが、思ったより長くなってしまったのでこの辺にしておきます。続きはもし希望があれば。

「信じるか信じないかはあなた次第」(笑)。でもパプア人は120%信じてます。
posted by ゆく at 18:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月07日

私にとっての圧力

今年の物理の授業も「圧力(Pressure)」の単元になりました。すでにこの学校で3回目です。
個人的なことですが、私はこの「圧力」の単元にちょっとした特別な気持ちを持っています。

大学時代、教員養成課程の中に理科教育実践演習(たぶんあってる…)という授業がありました。簡単に言えば模擬授業ですが、ここで「圧力」の授業を初めて行います。
次に、母校に教育実習へ行ったときの担当単元も「圧力」でした。緊張しながら行った研究授業もこの単元です。
さらに、パプアに来てから最初に教えた単元も「圧力(Pressure)」なのです。
私の人生の節目には必ずこの「圧力」が関わってきます。

偶然と言われればそれまでですが、お陰で日本語でも英語でもこの分野は負け知らずです。
圧力を使った実験で一番有名なのはペットボトルロケットでしょう。
今回も去年に引き続きペットボトルロケットの実験をやりました。
ペットボトル、水、自転車などの空気入れ、化学の実験などに使うゴム栓があれば出来てしまうので非常に簡単です。

Container Rocket 1.JPG Container Rocket 2.JPG Container Rocket 3.JPG

ただし、ここでは空気入れが手に入りにくいです。自転車がほとんど普及しておらず、ボールの空気入れでは十分な圧力を与えられません。しかも中国製です。
去年は電動ポンプを無理矢理繋いで成功しましたが、今年はそのポンプもありません。
何か無いかと探していたところ、タブビルの帰国隊員の家から過去の隊員が残したバイク用の空気入れが出てきました。
これが予想以上の強者で、7気圧まで耐えられます。さすがバイク用ですね。

Container Rocket 4.JPG Container Rocket 5.JPG Container Rocket 6.JPG Container Rocket 7.JPG Container Rocket 8.JPG

そして打ち上げです。
そこら辺にあったトタンと腐ったベンチを使って打ち上げ台を作ります。
中に水を入れ、ゴム栓を繋ぎ中の圧力を上げていきます。
ゴム栓が耐えられなくなって外れ、中の水が噴き出してロケットが飛んでいく仕組みです。
水が多すぎても飛ばないし、少なすぎても飛びません。そこで課題は水と空気の比率をどうするかということにしました。

インパクトもあって、他の先生達も集まってきます。
この生徒達の中から将来先生になって、こういう実験を生徒にやってくれたらいいなと際の最近考えるようになりました。
posted by ゆく at 19:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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