2009年01月30日

帰りたくても帰れない??

神様は私に任地に帰って欲しくないのでしょうか?

前回のブログではおとといタブビルへ帰り、そこから陸路で任地のキウンガに帰るという話をしました。
予定通り11時にPOMのジャクソン空港へ行き、チェックインを済ませてタブビル行きの飛行機を待っていました。
出発予定時刻は1時。予定通りに来たことなどないので気長に待つことにしました。
空港に今日本人は私しかいないはずなのに、突然日本語で話しかけられました。
その方はソロモンで博物館を作っているらしく、パプア第二の都市Laeに行く途中だそうです。
2時間近くその方とお話をし、そちらの飛行機のほうが先に来てしまって出発していってしまいました。

さすがに痺れを切らしまだ来ないのかと聞いてみると、あと1時間くらいしたら来るとのこと。
その言葉通り待合室で待つこと4時間、ようやくタブビル行きの飛行機がやってきました。

これでやっと帰れると思っていたら、飛び立ってから1時間後くらいに機長からなにやら放送が入りました。
正直私には聞き取ることが出来ず、どうもライトニングとかトゥモローとか言っています。
何のことかなと思っていると、急に飛行機が旋回し始めました。
どうも下の風景を見る限りはジャクソン空港に引き返しているようです。
まさか、と思っていると1時間後くらいに無事ジャクソン空港に帰ってきました。
降りてからスッチーに何があったのか聞いてみると、タブビルの天気が良くないらしく引き返したとの事。

今日はもうだめだから明日改めて飛ぶ事になってしまいました。
本来なら私はJICAのドミトリーがあるのでそこに泊まらなければいけないのですが、そこは日本人特権を利用させてもらい、高級ホテルを用意してもらいました。
もちろんすべてAirlines PNG持ち。

Lamana Hotel1.JPG Lamana Hotel2.JPG

ラマナホテルというところで、ここはおそらくパプア2、3番目のホテルだと思います。
一泊K500=約20,000円以上するパプアでは破格の値段ですね。
泊まっている人も、パプア人のかなりのビックマンと白人ばかりでした。
ちなみに夕食はK50まで出してもらえるそうで、もちろんギリギリいっぱい使わせてもらいました。
この日はラム肉のチーズドリアを食べました。もちろんコーヒー、デザート付きで。

夜は併設してあるゴールドクラブというバーに行きました。
ここのセキュリティーのイサックとは実は少し知り合いで、彼を捕まえてずっと話をしていました。
彼はパプアのバスケットボール代表選手としてオーストラリアにも行ったことがあり、今年はフランスに行くことが目標だそうです。
決して身長が高いわけではありませんが、スリーポイントシューターとして活躍しているそうです。
2時間くらいイサックと話をし、寝ることにしました。

さらに驚くのはここからです。
翌日チェックアウトして1時のフライトに合わせて再びジャクソン空港に向かいました。
もちろん時間通りに来るはずは無く、気長に待つこと3時間、放送が入り「タブビル行きの飛行機はキャンセルされました」と。
タブビルにいるI隊員に電話で聞いても天候はすこぶる良好、結局なぜ飛ばなかったのかは全く分かりませんでしたが…

ということで昨日のホテルに出戻り、もう一泊しました。
ちなみに夕食はバラマンディー(魚)のムニエルレモン風味を選びました。
翌日のフライトは朝6時発を予定していたのですぐに就寝。朝3時のモーニングコールで起こされました。
まだ暗いうちに(というより深夜)三度目のチェックインをし、ようやく飛行機に乗ることが出来たのが9時、タブビルに着いたのが12時過ぎでした。

帰る2日前になってキウンガ空港の陥没、タブビル行きの飛行機が途中で引き返し2日も立ち往生することになってしまいました。
何か呪われてないか心配になるくらいタイミングが良すぎますよね…
明日のPMV(バス)は大丈夫なのでしょうか?

というよりそろそろキウンガに帰らないと授業が始まってしまいます。
どうも噂によると前校長と新校長でゴタゴタがあるらしく、学校が大変なことになっているそうです。

その辺の話はまた次回!
posted by ゆく at 21:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月27日

やっと帰ります。

長いPOM生活でしたが、明日で終止符がうたれそうです。
私の任地にあるキウンガ空港はどうやら滑走路の地盤沈下でしばらく使えないことになりそうです。
以前聞いた時はガソリンがどうこう言っていたのに今度は全く違う話をしてきました。
私の聞き間違えだったのかもしれません。

とりあえず任地から130km北のタブビルへ行き、そこから陸路でキウンガに行く道を取る事にしました。
非常にハードな道ですが、学校が始まってしまうので仕方ありません。
ちなみに今回は公務でPOMに上がってきているので、交通費の陸路分はJICAがある程度負担してくれるとの事。
JICAはそういうところはしっかりしているのでいいですね。

今回の上京では半年ぶりに同期に会い、それぞれの活動の話などを聞くことが出来ました。
他の国は分かりませんが、パプアは交通事情の悪さと国土が広いため気軽にお互いの任地に行くことができません。
その為隊員総会のような行事がないと同期にも会えないのです。
私は火山灰の影響で遅れてきたココポ組にも会うことができました。
本当にくだらない話しかしないけど、やっぱり同期っていいものですね。年齢も職種もばらばらだけどなぜか一体感のようなものがあります。
駒ヶ根の3ヶ月から一緒に頑張ってきたからでしょうか?


そうそう話は変わって、私達が住んでいるドミトリーの下にはパプア最高峰のホテルクラウンプラザがあります。
先日悲しい事件があった場所ですが、最近警察やセキュリティーの警備がやけに厳しいと思っていました。
JICAの情報によると、今日の会議のためにオーストラリアの首相が来ているとの事。
そんなビックマンが来ているので、ちょっと物々しい雰囲気になっています。
私は明日空港へ行くのでもしかしたら見られるかも…

なんだかダラダラと書いてしまいましたが、明日戻るので更新はしばらく先になるかも…
ではまたol i lukim yu!
posted by ゆく at 17:38| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月23日

第2回サイエンスショー

Science Show1.JPG

POMに来てから忙しくて全然ブログを更新できませんでした。
というのも、私は理数科教師の職種でしてパプアにいるのですが、その理数科教師隊員でサイエンスショーを行ったからです。
対象はグレード6〜8(小6〜中2)で、各自でブースを担当しそれぞれで発表していく文化祭のような方式を今回も取りました。

今回私は最初環境関係のブースを担当する予定だったのですが、ココポという場所の隊員は空港が火山灰で埋まってしまったと言うことで、こられなくなるというイレギュラーが発生してしまいました。
しかも理数科教師の半分はココポ隊員なので準備が本当に大変でした。

Science Show3.JPG

私は気圧、アルコール爆発、ペットボトルロケットを担当し、なんとか成功することが出来ました。
サイエンスショーは私がパプアに赴任してから3日後にも行ったのですが、(以前のブログ参照)英語もほとんど話すことが出来ず、ピジン語も全く話せない状態よりはスムーズに説明することが出来ました。
気が付かないうちに語学も上達したのかもしれませんね。

Science Show2.JPG

それから今回は「テレビを使った遠隔教育プロジェクト」の取材陣が来ました。
写真は分科会長K隊員が取材を受けているところです。
K隊員もピジン語で話をしていました。
私も実験とインタビューを撮られたので、もしかしたらパプアの国営テレビで放送されるかもしれませんね。

meeting1.JPG meeting2.JPG

それから今回の上京では隊員総会、安全対策委員会も併せて開催されました。
隊員総会ではドミトリーの管理や隊員会費の会計報告等が話し合われ、安全対策委員会では今年1年間の被害報告やグループワークなどが行われました。
会場はホテルの会議室を利用したのですが、こういうところにいると日本に帰ってきたような気がします。
今は半年ぶりに近代的な場所でさまざまな業務をしていると、日本がどれだけ環境的に整っているのかがとてもよく分かります。

比較的都会で育った私にとってはこの環境が一番落ち着きますね…。


そうそう本当は今日任地のキウンガに帰る予定になっていたのですが、キウンガ空港にペトロール(ガソリン)が散乱しているので空港が封鎖されてしまったそうです。(笑)
私もどういう状況なのか分からないのですが、とりあえずAirline PNGのオフィサーがそう言っていたのでそうなのでしょう。

復旧には1週間くらいかかるかもしれないと言っていたので、もう少しPOMに滞在することになりそうです。
再来週から学校が始まってしまうので、それまでには何とかして戻らないといけないですが。

それではまた更新します。
posted by ゆく at 17:46| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月17日

パプアが世界4位になりました!


Murder capital.JPG

と言っても写真を見てもらえると分かるように、いい事ではありません。Murder Capital文字通り「殺人の首都」ランキングです。
ちなみにパプアは2004年に「世界で最もビジネスのしにくい都市」ランキングでNo.1になった実績があります。

記事によると、これはアメリカのForeign Policyという雑誌が発表したもので、首都で昨年1年間に発生した殺人事件数を人口で割ってランキングにしたものだそうです。
それによるとパプアニューギニアの首都ポートモレスビーは54人/100,000人だそうで、下から4番目です。ちなみに1位はベネズエラの首都Caracas(カラカス?)で130人/100,000人です。

記事の後にはパプア人の言い分が書いてありました。
警察庁長官は「話は単純だ。この記事はウソなんだ。」と、他にも法務省の事務員は「POMに35年住んでいるが年間54件も殺人は起こっていない。」とのこと。ちょっと数字の解釈を間違っている気がしますが。

実際パプアでは交通事故やその他の事件が発生しても、警察に行かないことが多々あります。
警察が信用できないからなのかどうかは分かりませんが、コミュニティー同士で解決することが多いようです。
その為、そこからペイバックと呼ばれる部族間紛争に発展することもあるようです。
そもそも、このForeign Policyが発表した記事の中には警察の賄賂が横行していることにも触れられています。
彼らは私達日本人に対しては比較的甘いようですが、勝手に主要道路をブロックし何か違反があった場合は領収書の出ない罰金を徴収することもあるとかないとか。

私は幸いにもこれまでの所こういった厄介ごとにはあまり出会っていませんが、一番の対策はホンッッッッッとに誰一人例外なく酒癖の悪いパプア人(スパークマンギーと言います)がスパークしている時には近づかないことでしょう。
私はこれまでそれで乗り切ってきました。

とまぁ今日はパプアのネガティブな内容でした。
posted by ゆく at 19:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月14日

盗難未遂事件!


パプアには首都ポートモレスビー(POM)にジャクソン空港という国際空港があります。
この空港は日本のODA(政府開発援助)によって建てられたものだそうで、建物の中にはところどころ日本語の案内板が貼ってあります。
この話はそんなジャクソン空港での出来事です。

先日私はPOMに滞在していました。一度任地キウンガへ帰るためにジャクソン空港へ行き、Airline PNGという航空会社の窓口へチェックインしようとしていました。
この空港には何故かX線検査場が2ヶ所あります。一つは日本にもある搭乗前の検査で、もう一つはなぜかチェックインカウンターに入る前にあります。
事件は最初の検査場で起きました。

私はリュックとカバンを持っていたので当然それらをX線検査機へ流し、その後ポケットに入っていた財布もかごに入れて流しました。
そして出口で荷物をすべて受け取り、チェックインに向かおうとしたとき、そういえば財布が出てきていないことに気が付きました。
間違いなく出てきた荷物はすべて受け取ったので、私の財布は出てきていません。
そのことを出口の係員に言うと知らないとの事。
「お前らいい加減にしろよ!」的なことを強く言っていると、X線検査機の裏からこっそり検査員のパプア人が出てきました。
その彼の手には私の財布が…。

「どこにあったんだ?」と尋ねてもゴニョゴニョと言い訳している。どうやら彼は私が検査装置にいれた直後に私の財布だけ抜き取ったようです。
すぐに気が付いたから良かったものの、危ないところでした。

場所が空港ということもあり、私も少し油断したのもいけなかったですね。
本当にパプア人がする仕事は信用することが出来ないですね。
posted by ゆく at 20:46| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月04日

明けました。おめでとうございます


日本で頑張っている皆さん、任国で頑張っている皆さん、あけましておめでとうございます。

日本は例年通り寒いようですが、ここ南半球赤道直下の国パプアニューギニアは暑いです。私は今訳があって(バニモ旅行参照)首都ポートモレスビー(POM)に滞在しています。
大晦日にプールで泳いだりしていると、全くお正月という気がしません。

それからドミトリーのテレビではNHKのBS放送だけ見ることができ、紅白もしっかり見ることができました。それでも知っている曲はほとんどなくこの人誰っていうのが多い紅白でした。半年間日本にいないとやっぱり日本のことには疎くなってしまいますね…。今年は丸ごと1年パプアなのでもっと疎くなってしまうでしょう。


去年は大学卒業、駒ヶ根訓練所、パプア赴任と激動の年になりました。今年1年はずっとパプアに滞在し、自分の活動に専念します。その為にもっと語学力の向上と経験をつまないといけない1年になります。私の協力隊としての活動はこの1年にかかっているので自分に出来ることを積極的にしていこうと思います。

とりあえず明日任地キウンガへ飛び、また来週POMに帰ってきます。最近はパプア全土を行ったり来たりですね…。数千キロの大移動です。

そうそう西ニューギニア島でM7.5の地震があって日本にも津波が押し寄せたそうですが、パプアの隊員には全く影響ありませんでした。私が先日滞在していたパプアでは一番震源に近いバニモでも揺れは感じられなかったそうです。ご心配なく。
posted by ゆく at 20:25| Comment(12) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月01日

大波乱のバニモ旅行



パプアは年末が学年の変わる時期で、この時期には長期休暇があります。私もそれを利用してバニモというパプアの北西にある町へ旅行に行ってきました。

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私が活動しているキウンガは熱帯雨林のど真ん中にあり海を見ることができません。それに比べてバニモは南太平洋に面した海の町です。私の活動先のWestern Provinceは鉱山で潤っていますが、ここは木材の輸出で潤っているそうです。オーストラリア人は旅行者以外ほとんどいなく、インドネシアやフィリピンなどのアジア人が多いです。そのためアジア人の顔に見慣れているパプア人が多く、町を歩いていてもあまりじろじろ見られることはありません。
ちなみにキウンガで私が歩いているとものすごいじろじろ見られます。時々子供に泣かれちゃったりします…。彼らにとって私は宇宙人を見るようなものなのかもしれませんね。

私はバニモでゆっくりする予定だったのですが、到着後すぐにトラブルが発生。今回タブビルからMAFという航空会社を使って来たのですが、帰りの飛行機が予約されてない。当然出発前に帰りの便の予約を取ってから来たのですが、手違いで取れていなかったようです。パプアで揉まれている私はここではあまり驚きませんでした。ですが、いざ改めて予約を取ろうとすると、3週間先まで空いてないとのこと。日本だと当然航空会社の責任を問うことが出来ますが、この国はそういう追求自体無駄です。
いつもだと日本人だと言うことを主張し、遊びにパプアに来ているのではないと強く言うと動いてくれることもあるのですが、今回はそういうわけにも行かず、MAFは諦めざるをえなくなってしまいました。他にもOk Tedi鉱山会社がチャーターした飛行機に乗せてもらおうとするなど色々なことをしましたが、結局全部ダメでした。つまり着いたはいいけど帰れないという最悪の状況です。

結論から言うと一緒に来たSV(シニア海外ボランティア)のYさんはパプア独特のビックマン制度でMAFの1席を強引に確保し、無事に帰ることが出来ました。そしてJOCV(青年海外協力隊)の私とS隊員は一度首都ポートモレスビー(POM)に上がり、それからキウンガ行きの飛行機を確保する作戦に出ました。ちなみにPOMはパプアの南東にあり、バニモは北西です。つまり日本と同じ国土を持つパプアを完全に1周するルートです。当然金額も半端じゃありません…。(K1,980=約80,000円)それでも他に帰る道が無いので仕方ないです。そして私は二度とMAFを使わないことを神に誓いました(笑)。

と言うわけで私は今JICAのドミトリーにいます。余談になりますが、実はパプアのドミトリーは家賃の高騰を理由に最近引越ししました。以前のような絶景ではないですが高級別荘のようなところです。と言うのもこういう所でないと、セキュリティーがしっかりしていないので仕方ないのです。これほどしっかりしていてもドミ内で不可解な事件も発生しているようですけど。本当に安心させてくれない国です。

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話を戻します。バニモには一応予定通り1週間滞在し、色々なところを見てきました。海に囲まれたバニモの町は、生活ももちろん海を中心にしています。埋め立てられたところなどほとんどなく、長い砂浜がひたすらつながっています。今回は波が高く行くことは出来ませんでしたが、右の写真の私の後ろには無人島があり手漕ぎボートで渡ることができるそうです。

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それからバニモの一番の特徴は国境の町だということです。パプアニューギニアはニューギニア島の東半分をメインにしています。西半分はインドネシアの領地で、唯一きちんとした道と国境があるのがこの町なのです。国境と言うことで真ん中の写真のようなイカツい警官もいました。その後ナゼか私達の車に乗り込んできたのですが…。左の写真がパプアとインドネシアとの国境です。どうせちょっと線が引いてあるだけだと思ったらしっかりした門があったので驚きました。ちなみに西ニューギニア島への立ち入りはJICA規定では禁止です。



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ここはバニモの町から30分くらい車で来たところにある村です。ここはサーフィンで有名らしく、世界大会も行われたらしいです。この日もかなりの大波が来ていました。そんな海へダイブ。今まで体験したことの無い波のパワーに圧倒されっぱなしでした。その後は近くの川でワスワスです。2mくらい深さがあり完全に透き通っているきれいな水ですが、心臓が止まるかと思うほど冷たかったです。

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クリスマスシーズンということでホテルもお店もイルミネーションがされています。レストランは味も値段も満足のいくものでしたが、部屋は…まぁ値段相応でしょうか。(一泊K180=約7,000円)右は今回一緒に旅行したメンバーです。左からSVのYさん、JVのS隊員、バニモのF隊員、私です。この時写真を撮ってくれた従業員が焦らしてなかなか撮ってくれなかったので一同大爆笑です。

以上タダでは終わらないパプア国内旅行でした。
posted by ゆく at 16:18| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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