2010年06月27日

帰国しました


帰国前は忙しくてブログを書くヒマすらありませんでした…。スミマセン。
そして時間が前後してしまい申し訳ないのですが、帰国前の様子はまた次回。


さて、先日6月22日に無事日本に帰国しました。
思い返せば2年前のこの日、成田空港からパプアニューギニアへ旅立ちました。
あの日も梅雨の蒸し暑い日でした。
希望と不安と寂しさとが入り交じる何とも言えない気持ちで旅立ったあのときからちょうど2年、その時から本当に多くの経験をさせてもらいました。
外見は全く変わっていないと多くの人に言われましたが、中身はおそらく大きく変わったことでしょう。


私が赴任したパプアニューギニア独立国。国土は日本の1.2倍、国民は約600万人と言われていて、国内には800以上の言語が現在でも使われています。
希望して決まったわけではないので、合格通知を見たときには場所すら分からない国でした。
地球の歩き方すら発行されていない、本当に情報の少ない国です。外務省のホームページによると、とにかく「危ない」らしい…。
駒ヶ根訓練所でも100近くある派遣国の中、安全対策の講義で特に名指しで注意されるくらいの注目度。
どんなところ?どれくらい危ないの?文化は?さっぱり分からないまま未知の土地に降り立ちました。
パプアでの赴任前研修でも「とにかく気をつけて!」の一点張り。正直これは大変なところに来てしまったなと感じました。

それから2年、確かにパプアは危ないです。バックパッカーのような旅行は絶対にお勧めできません。
私自身もここには書けないような危ない目に何度も遭遇しましたし、目撃もしました。
そんなパプアニューギニアは、私を大きく成長させてくれたことは間違いありません。


また、これまでなんて狭い世界で生きてきたのだろうと感じさせてくれました。
基本的には親切で暖かい人柄のパプア人は、日本人が失ってしまった優しい心を多く持っています。
私はここ数日間新宿のホテルで生活していましたが、多くの日本人の目の輝きがパプア人とは全く違うことに驚かされました。あなたの目、輝いていますか?
そういったことは、日本を離れてみないと分からないことだと思います。

よく言われる話ですが、私はボランティアとして派遣されたので、当然立場としては現地の人たちに技術移転をする側の人間です。しかし、実際は私がパプア人に教わったことの方が圧倒的に多いです。
いい意味でも悪い意味でもこれほど純粋な人たちは日本にはいないし、彼らが持っていて日本人が持っていない心もたくさんあります。
その心を今度は私が日本人に示すことが、青年海外協力隊として派遣させていた者の責任だと思います。

JICA PNG事務所の方々が最後に開いて下さった宴会で、帰国隊員にそれぞれこの2年間を一文字で表して下さいというお題が出されました。
いろいろ考えましたが、私は「始」という字を選びました。
私を大きく変えてくれたこの2年間という時間は、私の人生にとって始まりだと思います。
これから先この経験を始点として歩んでいこうと思います。


まだ紹介したいことがいくつかあるのでここでブログは終わりにはしませんが、もしこのブログを見て協力隊に興味を持ってくれた人がいたら、それほど嬉しいことはありません。
人生で何がしたいか見つからない、とにかく海外に興味がある、外国語を日常会話以上のレベル身につけたい、途上国に行ってみたいといった人はぜひ応募してみて下さい。
2年間は長いですが、10年分の価値はある2年間になると思います。
私個人の感想ですが、協力隊に応募して後悔は全くしていません。
それに、他のNGOなどの制度と比べて、JICAの後方支援体制や日本での事前訓練は徹底的に行われています。ご安心ください。
もしご興味のある方、聞きたいことがある方がいらっしゃいましたら、私で良ければいくらでもお話しします。
yukumoto.takashis@gmail.com
までメール下さい。

最後に、活動にご協力頂いた皆様、友人、JICA関係者、そして特に暖かい支援をしてくれた家族に感謝の意を表したいと思います。

本当にありがとうございました。
posted by ゆく at 23:56| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月09日

お別れパーティー(学校編)


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キウンガを離れる最後の週末の金曜日、学校がFarewellパーティーを行ってくれました。
私の任期の事情もあり、学期の途中での帰任になってしまいましたが、学校側はすんなり受け入れてくれました。
短い2年間では学校の手伝いをする程度で、迷惑をかけたことの方が多いと思いますが本当によくして頂きました。

Fawell School 5.JPG

そういえば紹介したか忘れましたが、一応私のCounter PartnerのMr. Ore(年齢不詳)です。
私が来たときは理科の学科長でしたが、今年に入って副校長に昇格しました。
物理に関する知識はいまいちですが、計算力は十分です。
学校のオープニングスタッフだったらしく、キウンガの町での存在感はかなりのものです。
ついでに熱狂的なラグビーファンで、ラグビーリーグの総括も勤めています。

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スピーチの後は生徒たちからプレゼントをもらいました。ビルム(カバン)やシャツの他に伝統的な装飾品などです。
だんだん本当に帰るんだなぁ〜と実感が湧くようになってきました。
posted by ゆく at 11:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月05日

めっちゃすきやねん


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キウンガのタウンを歩いていると、ふと日本語が目に付きました。
たまに「鯛」とか書いたTシャツを着ている人は見ますが、今日は「めっちゃすきやねん」でした。
多分本人は意味も知らずに着ていると思いますが、なかなか粋なTシャツを持っています。

Lucky.JPG

中国の話でちらっと触れましたが、マジックペン「○ッキー」の偽物「ラッキー」です。
言うまでもなく中国製です。
最近見ていませんでしたがようやく見つけました。ちなみにK2.5(約100円)です。
表示によると、紙、布、木、ダソボールカラスフラスチック、金属などに使えるそうです。カラスの羽にも書けるってことでしょうかね?(笑)
posted by ゆく at 22:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月04日

最後の授業

記念すべき第100回目の記事です!!実はこっそり目標にしていました。
ちなみにこのブログの現在の総文字数は約84,709字です。(笑)



キウンガで授業をする最後の金曜日、7,8ピリオドは物理の授業でした。
半分は前の時間にやった電気の実験の復習をし、後半は授業とは関係のない日本の話などをしました。


話はそれますが、パプアの物理カリキュラムは非常に遅れていて、日本の高校では2,3時間で終わらせてしまう導入に1ヶ月近くかけることになっています。
内容も基礎的なことが多く、応用はほとんどありません。それでも生徒は簡単なミスばかりしますが…。
そもそもこの国の教育省に物理が出来る人がいるのかどうかも疑問です。
毎年日本のセンター試験に当たるNational Examでは設問ミスの連続で、答えが2つ選択肢にあることや、そもそも与えられた情報が足りなくて答えが出せない問題すらあります。
私が10秒で出す解答に10分近く生徒達はかかる印象です。日本の教育はやっぱり進んでいますね。


そんなアマアマなカリキュラムもあって、物理の授業ではいつも時間が余ってしまいます。
そんなときはパソコンで写真を見せたり日本の文化、習慣、歴史なんかを話したりします。
この日は家の荷物を片付けていたら出て来た日本円、クレジットカード、Quoカード、PASMOの話をしました。
久しぶりに日本円を触りましたが、小さいですね〜!日本にいたときは500円玉がとても大きく感じていましたが、こちらのK1コインはその倍近くあるのでそのギャップに驚きます。
いろいろ見せた中でも、PASMOはちょっと理解してもらえなかったかもしれません。
電車も改札も知らないし、電子マネーのイメージすら掴めてもらえなかったようです…。非接触ICチップの説明では???って感じでした。

Last lesson.JPG

授業の最後にはお別れの言葉です。
私の授業に付いてきてくれた事への感謝と、別れの言葉をメッセージとして伝えました。
最後に記念にみんなで写真を撮って握手して終わりました。

私の性格を知っている方は分かると思いますが、私は比較的ドライなハートを持っているとよく言われます。
そんな私にも生徒達の涙は感動を与えてくれました。
posted by ゆく at 15:21| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Wanted オレ


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任期終了が近づくにあたり、同僚のロイが張り紙を作ってくれました。
内容は、日本人が6月に帰るので何か言いたいことや渡したいものがあったら学校まで持ってくるようにとのこと。
生徒向けのものとキウンガのコミュニティー向けのものが町中に張り出されました。
本当は安全対策上よろしくないのですが、キウンガなので大丈夫でしょう。

この張り紙のお陰で普段から有名な数少ない外国人である私は、キウンガの町でさらに話題になるようになってしまいました。
よく行くお店に入ると、村人から今この写真の人が中に入っていったと外で噂され、見知らぬ人からお前のデジカメを売ってくれと言われ、普段から頻繁に感じる視線がチラ見からガン見へと変化しました。
さながら指名手配犯にでもなった気分です…(笑)

そんなこんなでキウンガを離れるにあたり忙しくなってきました。
お世話になった人とのパーティーや、荷物の準備などなかなか大変です。
最後のスピーチ何話そうかな〜?
posted by ゆく at 15:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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