2010年11月16日

PNG生活その後  最終話



パプアニューギニアから帰国し、もうすぐ5ヶ月が経とうとしています。
今考えると、つい半年前は常夏の国PNGで生活していたというのはウソのようです。

帰国直後は何を食べてもおいしく、サービスのきめ細かさに驚き、スカイツリーの大きさに唖然とし、そして外を自由に歩ける幸せを実感しました。

そんな「帰国後ショック(隊員の間ではこういう言い方をします)」もひと段落し、慣れてくると逆にあの刺激的な毎日が懐かしくもなってきます。
買い物に行くのもドキドキし、パプア人の適当さに驚かされる毎日でした。

日本に帰り、2年前とは全く違った視点、感覚で過ごしている自分がいます。
電車が10分以上来なくても何も感じなくなりました。
ニュース以外のテレビに興味が無くなりました。
日本の歴史や伝統をもっと勉強したくなりました。
世界の中の日本の位置が少し分かるようになりました。
東京駅で迷っている外国人に話しかけるようになりました。
もっといろんな国を知りたくなりました。

そして、いかに日本が普通でないかがよく分かりました。
ガラパゴスとも揶揄される島国に住む日本人は責任という美学を持ち、謙遜の心を持っています。
私もパプアでの生活でこの2点は他の国が持っていない日本の貴重な精神だと感じ、誇りに思っていました。
ただ、世界の舞台に立った時、精神に従順なあまり損をする事が多く目に付きます。

また、私も同じなので何も言えませんが、日本人は外国語(特に英語)が話せなさすぎます。
私も活動中、どうして日本人は英語が話せないんだ。
もっとお前が英語を話す事ができれば、日本人の知識と精神をもっと学べるのにと何度も言われました。
また先日、日本の高校生と、外国人の高校生とが英語で交流する所を見る機会があったのですが、言葉が通じなくて双方が黙ってしまう様子が多く見られました。
正直とても残念な気持ちになりました。私たち日本人はもっと頑張らないと世界で戦えないと気合が入った瞬間でした。

他にも、嬉しかった事がいくつかあります。

まず、姪っ子が産まれた事です。
実家では毎日情報が飛び交っています。今日は一日ご機嫌だっただのウンチが出ただの…(笑)

それから、思っていたより多くの方がこのブログに立ち寄って下さったこと。
本来は、家族や友人に生活を一手に紹介し、元気である事を伝える目的で始めたブログでしたが、協力隊に興味がある方を始め、パプアに旅行に行こうと考えている方からもメールを頂きました。
本当に嬉しく思います。
これからもお待ちしておりますので、お気軽にどうぞ。



最後に、公演や協力隊の募集説明会などに行くと大抵聞かれる事ですが、帰国後の進路です。
様々な過去を持って参加した同期達は、それぞれの道に進んでいます。

私は元々、教師になる前の経験を積む為に参加しましたが、活動中に自分が他にやりたい仕事を見つけました。
悩みましたが新しい道に進む事に決め、帰国後の就職活動の末、ある海外向けメーカーで働く事になりました。


無事帰国し進路も決まり、これで活動の全てが終了したかと思います。
そこで、この辺で「PNG生活」を締めくくらせて頂きたいと思います。

私は、これからも協力隊経験を社会に還元するボランティアなどの活動を続けていこうと思っています。
このブログを読んで下さったあなたと、どこかでお会いできる日を楽しみにしています。

それでは、最後までお付き合い頂きましてありがとうございました。

PNG生活    完
posted by ゆく at 00:18| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月27日

帰国しました


帰国前は忙しくてブログを書くヒマすらありませんでした…。スミマセン。
そして時間が前後してしまい申し訳ないのですが、帰国前の様子はまた次回。


さて、先日6月22日に無事日本に帰国しました。
思い返せば2年前のこの日、成田空港からパプアニューギニアへ旅立ちました。
あの日も梅雨の蒸し暑い日でした。
希望と不安と寂しさとが入り交じる何とも言えない気持ちで旅立ったあのときからちょうど2年、その時から本当に多くの経験をさせてもらいました。
外見は全く変わっていないと多くの人に言われましたが、中身はおそらく大きく変わったことでしょう。


私が赴任したパプアニューギニア独立国。国土は日本の1.2倍、国民は約600万人と言われていて、国内には800以上の言語が現在でも使われています。
希望して決まったわけではないので、合格通知を見たときには場所すら分からない国でした。
地球の歩き方すら発行されていない、本当に情報の少ない国です。外務省のホームページによると、とにかく「危ない」らしい…。
駒ヶ根訓練所でも100近くある派遣国の中、安全対策の講義で特に名指しで注意されるくらいの注目度。
どんなところ?どれくらい危ないの?文化は?さっぱり分からないまま未知の土地に降り立ちました。
パプアでの赴任前研修でも「とにかく気をつけて!」の一点張り。正直これは大変なところに来てしまったなと感じました。

それから2年、確かにパプアは危ないです。バックパッカーのような旅行は絶対にお勧めできません。
私自身もここには書けないような危ない目に何度も遭遇しましたし、目撃もしました。
そんなパプアニューギニアは、私を大きく成長させてくれたことは間違いありません。


また、これまでなんて狭い世界で生きてきたのだろうと感じさせてくれました。
基本的には親切で暖かい人柄のパプア人は、日本人が失ってしまった優しい心を多く持っています。
私はここ数日間新宿のホテルで生活していましたが、多くの日本人の目の輝きがパプア人とは全く違うことに驚かされました。あなたの目、輝いていますか?
そういったことは、日本を離れてみないと分からないことだと思います。

よく言われる話ですが、私はボランティアとして派遣されたので、当然立場としては現地の人たちに技術移転をする側の人間です。しかし、実際は私がパプア人に教わったことの方が圧倒的に多いです。
いい意味でも悪い意味でもこれほど純粋な人たちは日本にはいないし、彼らが持っていて日本人が持っていない心もたくさんあります。
その心を今度は私が日本人に示すことが、青年海外協力隊として派遣させていた者の責任だと思います。

JICA PNG事務所の方々が最後に開いて下さった宴会で、帰国隊員にそれぞれこの2年間を一文字で表して下さいというお題が出されました。
いろいろ考えましたが、私は「始」という字を選びました。
私を大きく変えてくれたこの2年間という時間は、私の人生にとって始まりだと思います。
これから先この経験を始点として歩んでいこうと思います。


まだ紹介したいことがいくつかあるのでここでブログは終わりにはしませんが、もしこのブログを見て協力隊に興味を持ってくれた人がいたら、それほど嬉しいことはありません。
人生で何がしたいか見つからない、とにかく海外に興味がある、外国語を日常会話以上のレベル身につけたい、途上国に行ってみたいといった人はぜひ応募してみて下さい。
2年間は長いですが、10年分の価値はある2年間になると思います。
私個人の感想ですが、協力隊に応募して後悔は全くしていません。
それに、他のNGOなどの制度と比べて、JICAの後方支援体制や日本での事前訓練は徹底的に行われています。ご安心ください。
もしご興味のある方、聞きたいことがある方がいらっしゃいましたら、私で良ければいくらでもお話しします。
yukumoto.takashis@gmail.com
までメール下さい。

最後に、活動にご協力頂いた皆様、友人、JICA関係者、そして特に暖かい支援をしてくれた家族に感謝の意を表したいと思います。

本当にありがとうございました。
posted by ゆく at 23:56| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月09日

お別れパーティー(学校編)


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キウンガを離れる最後の週末の金曜日、学校がFarewellパーティーを行ってくれました。
私の任期の事情もあり、学期の途中での帰任になってしまいましたが、学校側はすんなり受け入れてくれました。
短い2年間では学校の手伝いをする程度で、迷惑をかけたことの方が多いと思いますが本当によくして頂きました。

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そういえば紹介したか忘れましたが、一応私のCounter PartnerのMr. Ore(年齢不詳)です。
私が来たときは理科の学科長でしたが、今年に入って副校長に昇格しました。
物理に関する知識はいまいちですが、計算力は十分です。
学校のオープニングスタッフだったらしく、キウンガの町での存在感はかなりのものです。
ついでに熱狂的なラグビーファンで、ラグビーリーグの総括も勤めています。

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スピーチの後は生徒たちからプレゼントをもらいました。ビルム(カバン)やシャツの他に伝統的な装飾品などです。
だんだん本当に帰るんだなぁ〜と実感が湧くようになってきました。
posted by ゆく at 11:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月05日

めっちゃすきやねん


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キウンガのタウンを歩いていると、ふと日本語が目に付きました。
たまに「鯛」とか書いたTシャツを着ている人は見ますが、今日は「めっちゃすきやねん」でした。
多分本人は意味も知らずに着ていると思いますが、なかなか粋なTシャツを持っています。

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中国の話でちらっと触れましたが、マジックペン「○ッキー」の偽物「ラッキー」です。
言うまでもなく中国製です。
最近見ていませんでしたがようやく見つけました。ちなみにK2.5(約100円)です。
表示によると、紙、布、木、ダソボールカラスフラスチック、金属などに使えるそうです。カラスの羽にも書けるってことでしょうかね?(笑)
posted by ゆく at 22:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月04日

最後の授業

記念すべき第100回目の記事です!!実はこっそり目標にしていました。
ちなみにこのブログの現在の総文字数は約84,709字です。(笑)



キウンガで授業をする最後の金曜日、7,8ピリオドは物理の授業でした。
半分は前の時間にやった電気の実験の復習をし、後半は授業とは関係のない日本の話などをしました。


話はそれますが、パプアの物理カリキュラムは非常に遅れていて、日本の高校では2,3時間で終わらせてしまう導入に1ヶ月近くかけることになっています。
内容も基礎的なことが多く、応用はほとんどありません。それでも生徒は簡単なミスばかりしますが…。
そもそもこの国の教育省に物理が出来る人がいるのかどうかも疑問です。
毎年日本のセンター試験に当たるNational Examでは設問ミスの連続で、答えが2つ選択肢にあることや、そもそも与えられた情報が足りなくて答えが出せない問題すらあります。
私が10秒で出す解答に10分近く生徒達はかかる印象です。日本の教育はやっぱり進んでいますね。


そんなアマアマなカリキュラムもあって、物理の授業ではいつも時間が余ってしまいます。
そんなときはパソコンで写真を見せたり日本の文化、習慣、歴史なんかを話したりします。
この日は家の荷物を片付けていたら出て来た日本円、クレジットカード、Quoカード、PASMOの話をしました。
久しぶりに日本円を触りましたが、小さいですね〜!日本にいたときは500円玉がとても大きく感じていましたが、こちらのK1コインはその倍近くあるのでそのギャップに驚きます。
いろいろ見せた中でも、PASMOはちょっと理解してもらえなかったかもしれません。
電車も改札も知らないし、電子マネーのイメージすら掴めてもらえなかったようです…。非接触ICチップの説明では???って感じでした。

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授業の最後にはお別れの言葉です。
私の授業に付いてきてくれた事への感謝と、別れの言葉をメッセージとして伝えました。
最後に記念にみんなで写真を撮って握手して終わりました。

私の性格を知っている方は分かると思いますが、私は比較的ドライなハートを持っているとよく言われます。
そんな私にも生徒達の涙は感動を与えてくれました。
posted by ゆく at 15:21| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Wanted オレ


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任期終了が近づくにあたり、同僚のロイが張り紙を作ってくれました。
内容は、日本人が6月に帰るので何か言いたいことや渡したいものがあったら学校まで持ってくるようにとのこと。
生徒向けのものとキウンガのコミュニティー向けのものが町中に張り出されました。
本当は安全対策上よろしくないのですが、キウンガなので大丈夫でしょう。

この張り紙のお陰で普段から有名な数少ない外国人である私は、キウンガの町でさらに話題になるようになってしまいました。
よく行くお店に入ると、村人から今この写真の人が中に入っていったと外で噂され、見知らぬ人からお前のデジカメを売ってくれと言われ、普段から頻繁に感じる視線がチラ見からガン見へと変化しました。
さながら指名手配犯にでもなった気分です…(笑)

そんなこんなでキウンガを離れるにあたり忙しくなってきました。
お世話になった人とのパーティーや、荷物の準備などなかなか大変です。
最後のスピーチ何話そうかな〜?
posted by ゆく at 15:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月26日

タブビル最後の旅


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キウンガから約130km北に行くと、鉱山の町タブビルがあります。
今はSVのYさん一人任地となってしまっていますが、過去には3人の隊員が派遣されました。
鉱山会社OTMLの圧倒的な経済力によって全て管理された人口の町です。
酒、ビートルナッツの持ち込みが厳しく制限され、24時間セキュリティーがゲートに待機し、鉱山会社の許可無くしてお店を開くことはおろか、バスの立ち入りまでが禁止されている町です。


そういえば、2010/5/17(だったかな?間違っていたらゴメンナサイ…)の朝日新聞の一面にタブビルのPollutionの記事が載ったそうです。
数週間前に記者とカメラマンの方がキウンガに来ていたのでその方々の記事でしょう。
魚の専門家Yさん曰く、魚の分類が間違っているそうですが…


タブビルには、インターネットを借りに、野菜を買いに、美味しい食事を食べに、涼しい気候で体を休めに何度も通ったものです。
数えてみると計15回以上もお世話になりました。
赴任した頃は片道4時間の道のりを、しかもパプア人との相乗りバスには肉体的にも嗅覚的にもつらかったのを覚えています。
人間の体は何にでも慣れてしまうもので、今となっては何も苦に感じなくなってしまいました。
来るか来ないか分からないバスを5時間待っても耐えられるようになりました。
人間の体ってスゴイですね。日本では役に立たない能力ですが…。バスも電車も絶対来ますからね。(笑)

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そんなタブビルも今回が最後です。
Yさんが会員であるゴルフクラブのテーブルをわざわざ予約までして下さり、ささやかなお祝いを頂きました。
1時間近く待って出てきたメインのFilletステーキに手を付けて、3人とも固まってしまいました。
「うまいっ!!!」
パプアらしからぬmedium rareの最高の焼き加減、ステーキにベーコンを巻くオシャレさ、そして肉の柔らかさ、どれをとっても100点満点です。

仲の良かったメリーがいなくなってしまっていたので、おそらく従業員やシェフを一新したのでしょう。
大満足のディナーでした。Yさん本当にありがとうございました。
残りの任期も体に気をつけて頑張って下さい。
奥様と一緒に、いつか日本で会える日を楽しみにしています。
posted by ゆく at 09:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月23日

子供が生まれました!!


あ、私じゃなくて姉の話です。
5/20午前6時過ぎに2800グラムの元気な女の子が生まれました。母子ともに健康だそうです。
名前はまだ決まっていませんが、おばあちゃんの溺愛はすでに始まってしまったようです。(笑)
早速国際電話して、「生まれてすぐなんて、まだ宇宙人みたいなんじゃないの?」と聞くと、「それがさぁ、めちゃくちゃ可愛いのよ〜!」とのこと。
先が思いやられます…

ちなみに、偶然にも私の兄弟3人とも出産に立ち会っていないおじいちゃん(私の父親)は、今回もしっかり出張で立ち会えなかったそうです。
これまでの仕事も、そこまで出張の多い仕事ではないと思うのですが、そういう星の下に生まれた人なのでしょう。

年明けに1週間だけJICAに認めてもらった一時帰国も、実は全てこれが理由でした。
ま、無事に生まれてくれたのでよかったです。

今日でちょうど帰国まで1ヶ月。
気持ちはすでに就活へ向いている今日この頃の嬉しい出来事でした。
posted by ゆく at 19:00| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月17日

キウンガの都市伝説


私の任地キウンガは、発展が遅れているこの国の中でも、もっとも発展が遅れている地域です。
島の中心部に位置しながら、この州と他の州を繋ぐ道はなく、唯一この州を出入りする方法が飛行機という特殊な環境です。
全ての物資は飛行機か船で運ばれ、まさしく「陸の孤島」です。

そういった環境からか、伝統的な生活を未だにしている人がたくさんいます。町を出ると手作り(かなり繊細)の弓と矢を持って狩りをしている村人や、川でサゴヤシをココナッツの木の皮で沈殿させている姿をよく見かけます。
もちろん電気や水道はありません。その村の言葉しか話さず、英語もピジン語も理解できない人もいます。
識字率などのデータどころか、人口すら数えられたことがありません。おそらく誰も正確な数字を知らないでしょう。

また、比較的安全な村でも、犯罪は発生します。
時には殺人も起こることがあるそうです。時々私の学校でも、町で遺体が見つかったという事件を耳にします。
当然そういった場合には警察が調査し、犯人は司法によって裁かれるのですが、村で起こった場合は少し違います。
基本的には村の掟が優先され、そこに警察や司法が介入することは許されません。
警察もuntouchableな案件として処理するほかないとのこと。


さて、そんな村出身者や生徒達と話をしていると興味深い話が出てきます。
いわゆる伝説と言われる話や、魔術(魔法)が代々語り継がれ今でも存在しているというのです。

聞いた話をいくつか紹介します。私達にはにわかに信じがたい話ですが、彼らは120%信じているので、軽い気持ちで否定すると険悪な空気になるほどです。
起こった出来事は全て真実(だそう)です。


ケース1 行方不明者の捜索
数年前、鉱山会社に勤めていた従業員が港から川に転落し行方不明になりました。大騒動になり、村人総出で捜索したにもかかわらず何一つ発見されませんでした。そこで、鉱山会社はオーストラリアからダイバーを呼び、ヘリコプターまで動員しての捜索に乗り出しましたが何も発見できません。ついに1週間ほど経ち、捜索の打ち切りを考え始めたときにある村人が現れ、こう言いました。「この港は昔精霊が住んでいた丘を削りその上に建てられた。その精霊には昔から数年に一度生け贄を捧げなくてはいけなかった。安否は絶望的だが、私がお祈りすれば体だけは返してくれるかもしれない。」そして彼はお祈りを始めます。すると、今まで徹底的に捜索してきた転落地点と全く同じ場所から体が浮き上がってきたのです。
当然見つかったのは息を引き取ったあとでしたが、そこにいた数百人の群衆の度肝を抜いた大事件になったそうです。


ケース2 浮気男の不審死
キウンガ周辺の村では伝統的に一夫多妻が認められていますが、一方で昔から絶対的に禁止されていた地域もあります。私がいるWestern州の北に位置するSandaun州のとある村で結婚した男がいました。彼の村では一夫多妻が禁止されており、もし破ると呪い殺されるという言い伝えがありました。そんなことを信じていない彼は、Sandaunに妻子を置いてWestern州にやってきました。そこで禁止されている二人目の結婚をしてしまったのです。数年経ったある日、彼が二人目の妻の村にいると、ヒュンッ!ヒュンッ!と音が鳴り始めました。周りにいた人も何が起こったのかとあたりを回していると、突然その男が胸を押さえ倒れ、そのまま亡くなってしまいました。不審に思い村人が彼の胸を開けてみると、体の中から心臓だけが抜け落ちていたのです。言い伝えを知っていた彼らはやっぱり呪いかと思ったそうです。サングーマ(悪霊)が心臓だけを食べてしまうのだそうです。
この手の話はたくさんあり、本当によく聞きます。そのうちの一つを紹介しました。


ケース3 好き薬
これは、特定の片思いをしている異性から好かれる方法です。まず、相手がいつも欠かさず持ち歩いているものを手に入れます。そのものを丸3日間肌身離さず持ち続けます。このとき、本人を含め異性とは会話などの関わりを一切持ってはいけません。そして4日目、呪文を唱えながらそっと手に入れたものを返します。するとそのものを通じて彼女の気持ちがあなたへと傾き、恋愛関係となるでしょう。

肝心の呪文ですが、こっそり教えてもらいました。ただ、言葉と言うより音に近く、何とも表現しにくいものでした。魔法を使うには当然リスクも伴い、失敗すると嫌われてしまうそうです(笑)。
これと同様の話もたくさんあります。顔に塗るとモテモテになるオイルや、女子ドミトリーを全員寝かせてしまう呪文などもあります。
本当に使って成功する人もたくさんいるとのこと。この話を教えてくれた彼も何度か使い、使っている現場も見たことがあるらしいです。

ちなみに、男子生徒とこのような話で盛り上がると必ず私に忠告してくることがあります。彼らは私に、面識のない女性からタバコ(私は吸いませんが…)、アメ、ビートルナッツなどを絶対にもらってはいけないと言うのです。
女性が使う魔法は非常に強力で、これにかかると絶対に抜け出せないらしい。
特に外国人男性はお金を持っているので狙われやすく、本当に注意した方がいいといろいろな人に言われました。
世界にはいろいろな婚活があるようです。あなたも一度試してみてはいかがですか?


あと2,3は書こうと思いましたが、思ったより長くなってしまったのでこの辺にしておきます。続きはもし希望があれば。

「信じるか信じないかはあなた次第」(笑)。でもパプア人は120%信じてます。
posted by ゆく at 18:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月07日

私にとっての圧力

今年の物理の授業も「圧力(Pressure)」の単元になりました。すでにこの学校で3回目です。
個人的なことですが、私はこの「圧力」の単元にちょっとした特別な気持ちを持っています。

大学時代、教員養成課程の中に理科教育実践演習(たぶんあってる…)という授業がありました。簡単に言えば模擬授業ですが、ここで「圧力」の授業を初めて行います。
次に、母校に教育実習へ行ったときの担当単元も「圧力」でした。緊張しながら行った研究授業もこの単元です。
さらに、パプアに来てから最初に教えた単元も「圧力(Pressure)」なのです。
私の人生の節目には必ずこの「圧力」が関わってきます。

偶然と言われればそれまでですが、お陰で日本語でも英語でもこの分野は負け知らずです。
圧力を使った実験で一番有名なのはペットボトルロケットでしょう。
今回も去年に引き続きペットボトルロケットの実験をやりました。
ペットボトル、水、自転車などの空気入れ、化学の実験などに使うゴム栓があれば出来てしまうので非常に簡単です。

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ただし、ここでは空気入れが手に入りにくいです。自転車がほとんど普及しておらず、ボールの空気入れでは十分な圧力を与えられません。しかも中国製です。
去年は電動ポンプを無理矢理繋いで成功しましたが、今年はそのポンプもありません。
何か無いかと探していたところ、タブビルの帰国隊員の家から過去の隊員が残したバイク用の空気入れが出てきました。
これが予想以上の強者で、7気圧まで耐えられます。さすがバイク用ですね。

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そして打ち上げです。
そこら辺にあったトタンと腐ったベンチを使って打ち上げ台を作ります。
中に水を入れ、ゴム栓を繋ぎ中の圧力を上げていきます。
ゴム栓が耐えられなくなって外れ、中の水が噴き出してロケットが飛んでいく仕組みです。
水が多すぎても飛ばないし、少なすぎても飛びません。そこで課題は水と空気の比率をどうするかということにしました。

インパクトもあって、他の先生達も集まってきます。
この生徒達の中から将来先生になって、こういう実験を生徒にやってくれたらいいなと際の最近考えるようになりました。
posted by ゆく at 19:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月05日

最強のアリ

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突然ですが、彼らがパプア最強のアリです。
咬まれるとめっちゃくちゃ痛いです。血が出ることもあります。
最近家の周りに浸食を始め、非常に迷惑していました。

彼らは一般的なアリのように地面を掘って巣を作るのではなく、木の上などに巣を作ります。
葉っぱをその怪力で丸め、蜘蛛の糸のような分泌物で補強し形作っていきます。
ある程度密集した葉っぱがあるとどこにでも巣を作ってしまうため、対策は切るしかありません。

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こういった仕事は生徒達の得意分野です。
家の周りに生えていたハイビスカスやオーキッド(みたいなやつ?)をバッサバッサ切っていきます。
あっという間に切り終わり、“最強のアリ”は巣ごとゴミ溜めの中に投げ込まれました。
お陰で最近は咬まれることもなく安全な生活を送れるようになりました。

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このお仕事はただの建前で、生徒達の本当の狙いはこっちです。
私の家の裏にあるオカリナッツがシーズンを迎えました。
オカリナッツとはこぶし大の赤黒い実で、その中に入っているとても固い種を力任せに砕き、さらに内側にあるナッツを食べます。
確かにミルキーで美味しいですが、種が本当に固く、さらにブッシュナイフの高度な技術が必要なため私は自分では食べません。
実は多くの生徒がこの木を狙っていたらしく、readyになるのを今か今かと待っていたとのこと。
300個くらいはなっていた実のほとんどをここ数日間で食べ尽くしてしまいました。
posted by ゆく at 08:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月30日

固定電話の異常な請求額!


今更ですが、私の家は幸運なことにインターネットが使えます。
と言っても昔懐かしいISDN回線で、ピ〜ヒョロヒョロ〜という音から始まります。
プロバイダーは日本で契約してきたのですが、固定電話の電話線はこちらの電話会社“Telikom PNG”との契約です。
この会社は半民半官で、ストックの半分をパプアニューギニア政府が保有していると、この間の新聞に書いてありました。



さて、話は1年以上も前にさかのぼります。
私は、キウンガに赴任してからこの会社に電話線を家に繋いでもらえるように交渉していました。
アプリケーションフォームを出すところまではすんなり進み、こちらで開設したBSP(Bank of South Pacific)銀行のstatementまで提出させられました。


余談ですが、こちらの銀行には通帳が無く、入金や残高を確認するときはキャッシュカードで下ろしたときのレシートを見るか、このstatementをもらうしかありません。しかも手数料K10(約300円)も取られます。
言ってしまえばこれが出納を調べる唯一の手段です。


ただ電話の契約をするだけなのに、何のためにそこまで出さなくてはいけないのか疑問が残りますが、言われたら仕方ありません。
私のお金事情がばれてしまいますが、提出しました。
ちなみに自動引き落としではありません。(そんなことしたら何されるか分かったもんじゃないですから…)
あとはPOMの本部からの返信を待つだけだからと彼らは言いました。

ここでおとなしく待っていてはこの国では何も起こりません。
Lazyな彼らの尻に火を付け、直接私がPOMの本部に電話して催促します。
思えば、英語で相手に怒るということをここで初体験したような気がします。
「何で俺がお前に電話しなきゃいけないんだ?俺はcustomerだ!仕事しないなら払ったfeeを返せ!」
みたいなことをしばしば郵便局の裏の小さなオフィスで叫んでいた気がします。
その甲斐あって奇跡的に、申請から8ヶ月後に家に電話線が引かれることとなりました。



数々の努力が実り、時々使えなくなることもありますが家でインターネットという隊員にとって最高の贅沢をさせてもらっています。
33kbps程度ですが、メールはもちろんのこと、ブログの更新もすることが出来るようになって、日々の生活をこのように紹介することが出来ています。
毎回多くの方々に読んで頂き(管理者ページで訪問者数を見ることが出来ます)、時々コメントやらメールやらをもらい非常にありがたく思っています。

yahooのトップページを開くのに長いときで10分くらいかかるスピードなので、接続時間はどうしても長くなってしまいます。
プロバイダーの契約は固定料金のunlimitedなので気にしなくていいのですが、こちらのインターネットの接続料が1時間約100円かかります。
このブログの更新だけでも1時間近くかかるので、平均すると1日1時間以上は使っている計算になるでしょう。
つまり、少なくとも\100/h×30day×12month=\36,000かかったことになります。
長いときは2時間近く使うこともあるので、かなりの額になります。

それだけではなく、日本に国際電話をかけると1分80円くらい、国内電話も1分20円近くします。
特に国際電話はたびたび登場していました。
さらに、この電話線は私だけではなく同期隊員一人、後輩隊員一人の3人で使っているので、×2.5くらいが全員を合わせた妥当な金額かと思われます。

さて合計いくらでしょうか??


そろそろ文脈で分かった方もいるかもしれませんが、請求書が来ないのです…。一回も。
もちろん住所、電話番号、その他の情報はアプリケーションフォームに記入したはずです。
私も知らん顔していたわけではありません。
月一回はオフィスへ行き、
「請求書こないよ〜?もうすぐ来るかなぁ?来月も来なかったらまた連絡するよ〜。」
と報告義務は果たしていました。
そうしないと詐欺ですからね。もちろん故意の過失ではありません。接続の時のような熱意を込めていないだけです。


そんなこんなで、請求書が来ないまま私の任期も残り2ヶ月を切り、さまざまな解約の手続きを始める次期になりました。
そこで、先日タブビルへ行ったついでにTelikom officeへ行ってきました。(キウンガは現在オフィサーすらいません…)
私「あの〜、billが来ないんですけど…。」電話番号を渡す。
オフィサー「ちょっとまってな。…おかしいな。じゃあ来月には送るよ。」
私「でも、俺来月には日本に帰っちゃうよ?」
オフィサー「そうか!じゃあ帰る前にちゃんとfinal amountを払ってな。」
私「で、で、それはいくらなの?」
オフィサー「お前の場合、現在は大体K600(2万円弱)だな。」
………

何度調べさせてもそれ以上でも以下でもないとの回答でした。
彼らがそういうのですから、これ以上こちらからは何も出来ません。
何をどう計算してその金額になったのかは分かりませんが、これで会社が成り立っている事が信じられないですね。
帰る前になったら無理矢理その金額を払って帰ることにしようと思います。
もちろん、一応は日本国民の代表として来ている身ですので、そのままスルーするようなunprofessional な事はしません。
きちんとdeal doneして帰ろうと思っています。


ちなみにこの課金制の新規契約はすでに終了し、今はプリペイド方式しか行っていません。
ケータイ、電話、電気、ガスはすべてプリペイド方式で統一されています。
というよりむしろ、そうしないと利用料を徴収できないからでしょう。
ある意味納得です。
posted by ゆく at 18:13| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月25日

サムライX

今日は直接私の活動には関係ありませんが、パプアにいる中国人の話です。(そしてちょっと長いです。)
私の任地キウンガにも、たくさん(30人くらい?)の中国人がいます。
ほとんど(というより全て)の中国人はお店を経営しているか、その従業員、家族としてきている人たちです。
華僑などの政策で海外に出る中国人はたくさんいると思いますが、こんな未開の地までお店を開きに来ている事は非常に驚きです。

彼らとコミュニケーションを取るのは非常に困難です。
私は大学時代に、第二外国語として中国語を1年間選択していたので、自信を持って教科書通りの自己紹介程度はできると思い、以前試したことがありますがさっぱり伝わりませんでした…。
かといって英語で話しかけても全く理解してもらえず、最後の手段であるパプアの現地語ピジン語を使ってなんとかコミュニケーションを取ることができます。
これが欲しい、あれを見たいなどと言うことはなんとかジェスチャーで伝わりますが、込み入った話は分かってもらえないので、結局パプア人従業員に聞くことになってしまいます。

そんな彼らは、連日30度を超える暑さの中、ファンすらろくに付いていないサウナのようなお店の中で一日中万引きを見張っています。
中には小学生、中学生くらいの子供も見られます。
彼らの事情を直接聞いたわけではありませんが、いかに中国が発展してきているとはいえ、依然発展途上国だということでしょうか。
これから先、ずっと彼らは高い椅子に座って万引きを監視し続けるのかと思うと、同情の気持ちも生まれてきます。

また、彼らは言うまでもなく中国製の品物を売っているので、品質は最低レベルです。(日本で売っている中国製は超高品質!!)
賞味期限切れ、お菓子を開けたらアリの巣になっている、牛乳がヨーグルト、米虫がウジャウジャしているくらいで驚いていてはキウンガでは生きていけません。
偽物、海賊版も売っています。というよりそういった物しか売っていません。
SONY、SHARPを始め、有名どころの偽物のオンパレードです。ロゴの字体が若干違ったり、日本語を中国の字体で書いたり…。
マジックペンの「マッキー」ではなく「ラッキー」、MP5プレーヤーなどというワケのわからないものまで売っています。

Chinese Shop 1.JPG

そんなものの中に、時々ビックリするような物も売っています。
「スラムダンク」に“るろうに剣心”じゃなくて「サムライX」!!
しかも「ウォルトディズニー社」作成、「ブルーレイディスク」だそうです。(もちろんどちらもウソです。)
まさかこんな所でお目にかかれるとは思っていませんでした。
いつになったら売れるのか楽しみに見ていますが、1ヶ月くらい誰も買う気配がありません。
日本の若者のバイブルとも言うべきスラムダンクは、パプアの若者にもうけるのでしょうか?


さて、中国ついでに少し話は変わりますが、昨年下旬にアジア系商店に対する排斥運動が行われました。
アジア系とは言ってもそのほとんどは中国系です。
事の発端は、昨年下旬に行われたNPOによるアジア系商店に対するデモ行進でした。
彼らが行ったデモは正当な物でしたが、それに便乗した多数の若者が次々とアジア系商店に襲撃し、品物などの強奪を繰り返しました。
最初は首都のPOMで起こった事件でしたが、さらにそれに便乗した若者が第二の都市レイ、第三ゴロカなどに次々に飛び火し、パプア全土に便乗強奪が広がるという異常事態にまで発展してしまいました。中には中国人が全員待避した地域まであるそうです。
私のいる町キウンガは比較的安全と言われていますが、こんな町にさえ強奪未遂事件が発生するほどです。(警察が事前に察知し動いたため、行動には至りませんでした。)

この事件からも分かるように、パプア人の反中国意識は非常に高いです。
反対に、日本に対しては異常なほど友好的で、それは誰に聞いても同じことです。
ただ、日本人から見れば中国人と日本人は何となく見分けが付きますが、パプア人には全く見分けが付きません。「お前はチャイニーズか?」と聞かれ、「ジャパニーズだ。」と言ったとたんに態度が豹変し友達になると言う光景をこの約2年で50回は見たことでしょう。
そこで、POMのJICA事務所では外を歩くときに、安全対策の一環として、日の丸と「Mi bilong Siapan(私は日本人です)」と書いた札を首から提げて歩くことを採用したほどです。
ただ、職員以外でこれを使っている人を見たことはありませんが…

今日はそんな中国とパプアとの関係を紹介しました。
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2010年04月14日

ノブタ・カンタービレ

少し前のある日曜日、私は部屋でパソコンをいじっていました。
ふと気がつくと、遠くの方でパプア人が大人数で叫んでいるのが聞こえます。
別にそれは珍しいことではなく、何かものすごい面白い事があったり、誰かがケンカを始めたりすると決まって彼らは叫びまくります。

話はそれますが、叫び声にも違いがあるらしく、ある授業中に例の如く叫び声が聞こえました。私には全く違いが分かりませんでしたが…
ところが、いつもは反応しない生徒が急に窓の方に集まります。
なんだなんだ?と聞いてみると、どうやらすぐそばで「ケンカの叫び声」が聞こえたそうで、それを見にみんな窓に集まったとのこと。
すると本当に外でケンカをしていました。40過ぎくらいのおばちゃん同士が殴り合いです。
片方のおばちゃんが、傘の心のような金属っぽい棒の凶器を思いっきり振ると、相手の肩に当たってグニャーっと曲がったのが印象的でした。
国民性からか、時々こういうのは発生します。原因はたいてい男女関係らしいです。

さて、今回の叫び声はいつもと少し様子が違います。
遠くで聞こえていたと思ったら、だんだん近づいてくるのです。それもかなりのスピードで…
始めはまたケンカで、しかも誰かを追ってこっちまで来たのかな?とか考えましたが、彼らが近くを通ったときにはっきりしました。
「ブッシュピッグ!!ブッシュピッグ!!」と叫んでいるのです。つまり野ブタです。
何っ!!と思って急いで外に出ると、高床式になっている私の家の真下をものすごい勢いでブタが駆け抜けていきました。
まず小学生くらいの少年がナイフを持って駆け抜け、その後ろから高校生くらい、そして最後にはなんと私の同僚である先生達がヤリや蛮刀のようなものを持って追いかけていきました。
さすがに普段はチョークを持って授業している同僚が、武器を持ってブタを追いかけているのには驚きました。

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約30分後、勝ち誇った顔で彼らは帰ってきました。
見事に仕留めて、私の家の向かいに住んでいる校長にどうするのかを伺いに来たようです。
ローカルルールで、とりあえずビックマン(偉い人)の所へ持って行き、それからみんなでシェアーするそうです。

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そして解体が始まりました。
まずはバナナの葉っぱを下に敷き、その上で切っていくようです。
続きの写真も撮りましたが、ブログに載せられるのはここまでです。
腹から切り、内蔵を出したあとに足や背中を解体していきます。
1時間ほどでバラバラになり、それぞれの場所や、学校の先生達に分配されていきました。
我が家にも1ピース分けてもらい、ショウガ焼きにして食べました。
冷凍肉ばっかり食べていたので、やっぱりうまい!

彼らの話によると、子ブタもいたが逃がしてしまったそうなので、もしかしたらもう一度あるのかもしれません。
あ、カンタービレに特に意味はありません。日本で流行っているようなので、ゴロで付けてみました。
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2010年04月02日

ホームパーティー第何回?

Homeparty with Mr Rudu 8.JPG

もう何回目か忘れましたが、またホームパーティーをやりました。
今回は一応新校長のMr. Ruduのウェルパーティーです。
以前はインド人のMr. Francisが住んでいたのですが、彼がPOMの学校に異動してしまい、その家に新しい校長が入ってきました。
以前はインド、フィリピン、日本食でしたが、インドがパプアに変わりました。

Homeparty with Mr Rudu 1.JPG Homeparty with Mr Rudu 2.JPG

Mr. Ruduはドクドクソーセージとラム肉をバーベキューしてくれました。
ドクドクソーセージとは、毒々しいソーセージのことで、写真のように色が異常に赤いパプアのソーセージの事です。
これをスープに使うと例外なく赤いスープになります。
中身は全くの不明…時々ナンコツみたいな物とか、四角くて茶色い物体とかが入っています。

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私たちはアイピカ(ハイビスカス科の葉っぱ)とカウカウ(サツマイモ)の天ぷら、お好み焼き、ちらし寿司を作りました。

天ぷら粉は賞味期限が結構切れていたにもかかわらず、いい働きをしました。
カウカウの天ぷらは大好評でしたが、アイピカの天ぷらは油を吸ってベタベタしたのと、見た目の悪さであまりうけませんでした。

お好み焼きは大好評でしたね。小麦粉から全てキウンガで手に入る食材なので伝授しました。

ちらし寿司は完全に既製品を日本から持ってきていたので、それを使いました。もちろん賞味期限切れです。
これも予想以上の大好評で、どうやって作るのか聞かれましたが、お酢が手に入りにくいので断念しました。

日本の皆さん。賞味期限が切れたって問題なく食べられるんです。
もちろんすでに切れていたって、お店で売っています。そんなにシリアスにならなくたって大丈夫なんです!
ま、私の場合は貴重な日本食がもったいなくて、賞味期限が切れるまで食べ渋りしているだけですが…

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ちなみにフィリピン人のMs. BautistaとMr. Cruzが作ってくれたチキンはレモンの風味が効いていて絶品でした。
最後に、何気なく箸を使っていると、先生達が集まってきてスゴイな〜教えろ〜ってなりました。
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2010年03月21日

同期の帰国

今更ですが、私はJOCVの20年度1次隊として派遣されています。
駒ヶ根の訓練所からは約220人の同期達が世界の途上国へ旅立っていきました。
毎年1次隊の中には、私のような一般の隊員の他に、現職教員の方達もいます。
彼らは身分を学校に残したまま、派遣のような形で参加しています。

通常JOCVの任期は任国に着いた日から2年ですが、彼ら現職教員は1年9ヶ月です。
というのも、日本の学校は4月から始まってしまい、その時期までには帰らなくてはいけない特殊な事情のためです。
そこで、来年度の学校に備え、明日(3/22)が現職教員の帰国、任期満了日となっています。
ここパプアニューギニアからも、1名の現職教員の方が今日帰国の途につきました。
駒ヶ根訓練所からの関係で、任地も隣同士、同じ理数科教師隊員だったIさん。本当にお疲れ様でした。

教育実習以外現場の経験のない私に、現場のことを本当にたくさん教えて頂きました。
毎回私がタブビルに行くたびに、学校のこと、パプアニューギニアのことなど朝3時くらいまで熱い議論を交わしましたね。
日本の教育現場を知っている現職教員が近くにいることは私にとって非常に幸福でした。
パプアから帰ってすぐ、4月から授業というのは信じられないくらい大変だと思います。
これからも変わらないIさんで頑張ってください。

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さて、そのIさんの任地タブビルでのフェアウェルパーティーの様子を紹介します。
最近は恒例にもなってきたタブビル高校の生徒によるダンスですが、今回もお願いしました。
それに加えて、Iさんの生徒達約40人も料理片手に駆けつけてくれました。

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私たち日本人もピザ、おにぎり約120コを用意しました。
生徒達も、サンドイッチ、フライドライス、チキン、ケーキなどを持ってきてくれて、予想以上の盛大なパーティーになりました。

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先月出産を終え、2日前にフィリピンから帰ってきたばかりのミセス・エスペランザも参加してくれました。
赤ちゃんはビザが取れなかったので、後日旦那さんがフィリピンまで迎えに行くそうです。

パーティーの最後には生徒からサプライズで大きなケーキのプレゼントです。

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“Arigato for all the knowledge being imparted”「たくさんの知識を”ありがとう”」と書いてありました。

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明日は19年度4次隊が帰国し、私たち20年度1次隊が一番古い隊次になります。
すなわち、それはあと3ヶ月で帰国だということを意味します。
あまりパプアでやり残したということもありませんが、残り3ヶ月の”PNG生活”も楽しんで過ごしたいと思います。
posted by ゆく at 20:52| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月17日

パプア一の美女

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彼女は昨年のミスパプアに選ばれた、言わば「パプア一の美女」です。
美女かと言われると疑問が残りますが、パプアではちょっとした有名人です。
実は、彼女は国営テレビ「em TV」6時のニュースのアナウンサーなんです。
テレビを日常的に見ているパプア人は少ないですが、パプアに住んでいる人なら誰でも見たことはある人だと思います。

そんな彼女がどうして「パプア一の田舎」であるキウンガに来たかというと、本業とは全く関係ない保険会社の営業をしに来ました。
Kwik Insuranceという会社の顔として雇われているのでしょう。
その宣伝効果は抜群で、前日からミスパプアが来ると先生達は大騒ぎ。
授業中にもかかわらず、職員室には朝のブリーフィングよりもたくさんの先生が集まりました…とは言ってもパプア人は基本的にシャイなので、誰も話しかけられずに遠目に見ているだけです。

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生徒もノートにサインをもらったりしていましたが、よく見てみるとそんな生徒の方が美人かも…
そういえば先日の新聞に、彼女がパプア代表としてミス・パシフィックコンテストに出場し、惨敗だったと書いてありました。
posted by ゆく at 18:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月15日

実験ノススメ

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最近パプアの教育省では、やたらとNew OBE(Outcome Based Education)というものを押しています。
簡単に言うと、教師主体の授業から生徒主体の授業に移行していこうというもので、日本でもよく取り入れられている手法です。
そんなことよりもっと先にやることがあるだろうと言いたいところですが、始まってしまったものは仕方ありません。
みんな名前は知っていても、中身は全く知らないのが現実でした。
そこで、教育省からインスペクター2人が私の学校に来ることになりました。彼らの主な目的は、教員全員の授業の視察と評価、学校全体の監査です。

当然私の授業にも来るわけで、それなりにやっぱり準備ました。内容は摩擦の実験です。
タイムテーブルでは、彼らが来るのが5時間目だったので、それに合わせて新しい授業を作り、他のクラスで練習、ハンドアウトも用意、生徒にも事前に根回しして完璧な授業を完成させました。
ちょっと緊張しながら迎えた、昼休み後の5時間目。

そして彼らは現れませんでした…

いえ、正確には来たのですが、6時間目でした。彼らが来た頃には私の授業の醍醐味は全て終わり、ただ生徒が実験しているのを私は見ているだけでした。
何回も練習した自信のある授業だっただけに、ガッカリです…。PNGタイムを久しぶりに体感しました。これもパプアならではでしょうか。


さて、話は変わって最近の私の活動を紹介したいと思います。
振り返って「PNG生活」を見てみると、遊びに行った話ばっかりですね…
たまには普段の活動も載せないと変な誤解をされそうなので。
それっぽく単語英訳も付けてみました。こんな単語を使って授業しています。

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始めはインスペクターに見せる予定だった摩擦(Friction)の実験(Experiment)です。
木の上におもりを載せ、バネばかり(Spring Balance)で引っ張ったときの静止摩擦力(Static Frictional Force)と動摩擦力(Domestic Frictional Force)を測る実験です。
それぞれ100g〜1000gまで測定し、グラフに書いて提出です。基本的に細かい作業が苦手なパプア人には難しい実験だったようです。

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次に、密度(Density)の実験です。
これはとてもシンプルで、生徒に外から石を一つずつ持ってこさせ、その質量(Mass)と体積(Volume)を測定。
密度の公式=質量/体積を使って自分の石の密度をもとめるというものです。

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これはフックの法則(Hooke’s Law)を確かめる実験です。
バネ(Spring)を固定し、100g〜1000gのおもりを付け、それぞれのバネののびを測定し、グラフが直線になることを確かめます。
グラフを提出させ、15点満点(Out of 15)で採点しました。

Ph Experiment 10.JPG Ph Experiment 11.JPG

水の温度(Water Temperature)の実験です。
沸騰した水(Boiling Water)に温度計(Thermometer)を入れ、最初は1分、途中から5分おきに温度を計測します。
同じく15点満点です。

最近やった実験はこんな所ですかね。ペットボトルロケットとアルコールロケットも任期が終わる前までに見せたいと思っています。
ま、こんな感じで楽しくやっています。

Ph Experiment 12.JPG

そうそう、この間一時帰国したときに持たされた「父親の書」を物理室に高々と掲げました。
「友愛」と書いてあるそうですが、よく生徒から何って書いてあるのと聞かれます。
その時はFriendshipだよと答えますが、合ってるのかな?
父さんありがとう。
posted by ゆく at 22:05| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月26日

マダン旅行

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マッドマンとの記念写真です。facebookの顔にしようか悩み中…

すでに新学期が始まって1ヶ月が経とうとしていますが、1月下旬にマダン旅行に行ってきました。
実は、私はマダンに行くのは2回目なんです。(パプア・リゾート巡りマダン編参照)
前回は完全に個人的な旅行でしたが、今回はガイドとして行ってきました。
少し話はずれますが、私たち青年海外協力隊には、「任国外旅行」という制度があり、私の場合は任期中20日間、これからの隊員は年間20日(次年繰り越し10日可)任国外の国に旅行に行くことが出来ます。もちろん自費です。
今回はパラオから3人の隊員がパプアに遊びに来るということで、たまたま私にお声がかかりました。
というのも、パプアは他の国と比べて少し特別で、名実ともに犯罪が多く、パプアに着いた瞬間から出国まで隊員のアテンドがないとJICAから承認されないのです。

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ガイドと言いつつも、私もかなり楽しむことが出来ました。
写真はマダンから車で1時間ほど山に入った、ハヤ村という村の小学校です。といっても村から歩いて1時間半くらいかかります。
右の写真、白Tシャツの男性がヘッドマスター(校長)です。ポートモレスビー近く出身だそうで、最近覚えた彼らの言葉モツ語でご挨拶。アドライナ・モナ〜

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ハヤ村は、観光客でもパプア人の生活を生で体験できる、数少ない村の中の一つです。
宿泊もでき、今回は1泊させてもらいました。
芝生もきれいに整えられ、アコモデーションもパプアの村から考えると非常に考えられています。
ただ、家主のサチコさん(自称)はきちんと英語が話せるので問題ありませんが、ほかの村人はシャイだからという理由であまり使いません。

この村のいいところは、シンシン(踊り)を見せてくれる所です。
ほとんどのパプア人はシンシンが出来ますが、意外にも観光用に行っているところは少ないのです。
あまり多くはないそうですが、お願いすると本物のコスチュームを着せてくれるそうです。
興味本位で男性が着替えているところをのぞきに行きました。
服を脱がされ、木の皮でできたフンドシを巻かれ、全身には赤いパームヤシやココナッツオイル、木の実などを混ぜた伝統的な赤い着色料を塗られ数々の葉っぱで装飾されました。

気がついたらこうなってました…

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それから日が暮れるまで1時間以上、汗とココナッツオイルまみれになりながら踊り続けました。
最後に前も紹介した巨大な「ラピュタの木」の前でジャンプ!

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posted by ゆく at 19:50| Comment(5) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月08日

ソゲリツアー

Sogeri Tour 1.JPG

パプアニューギニアの首都ポートモレスビーの、一番安全と言われていた地域タウンの隣、ハーバーシティーです。
一見平和そうに見えますが、この写真中の8割方の地域は日中でも一人では歩けません…

そして、最近の事件に対して憤りを感じます。
もしパプアへ来る方、十分に注意して下さい!

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さて、パプアでも有数の旅行会社PNGジャパン主催のソゲリツアーに参加してきました。
あ、ソゲリというのはただの地名です。
健康管理員のYさんがコーディネートして下さり実現したツアーです。
所長はじめ、調整員の方々、SV(シニアボランティア)、JV(協力隊員)が参加しました。

Sogeri Tour 3.JPG Sogeri Tour 4.JPG

まずはソゲリウォーターフォールから流れ出る天然のロイヤルミルクティーを双眼鏡で観察。
前日の大雨でミルクと混ざってしまったそうです。(笑)

そしてちょっと見にくいですが、右の写真には送電線がたくさん写っています。
さらに、その右下にはパイプが2,3本通っています。
首都ポートモレスビーで使われる電気は、すべてこの中を通る水を使った水力発電でまかなっているそうです。
4つある発電所のうち、一番新しいものは日本のODAで建てられたものだそうです。

Sogeri Tour 5.JPG

ここでトラブル発生!!
ここまでPOMから1時間半ほどかけてやってきたバスのバッテリーがあがってしまいました。エンジンがうんともすんとも言いません。
でも大丈夫!何を隠そう今のJICA PNG事務所は偶然にも全員ボランティア経験者。そんなことでは驚きません。
所長も一緒にマイクロバスを押しがけです。

Sogeri Tour 6.JPG Sogeri Tour 7.JPG

無事に次の目的地ココダトレールの慰霊碑に到着です。
ここはWWUのときに、旧日本軍の悲惨を極めた激戦地として知られています。
今では世界有数のトレッキングルートの難所として、オーストラリア人のメッカになっているそうです。(私はこれよりキツイと言われる場所を完走しましたが…。Tifalmin冒険記参照)

慰霊碑には、日本人約22,500人中12,000人がkilledと書かれています。
ちなみにオーストラリア人は約20,000人中2,000人だそうです。壮絶さが伺えます。

Sogeri Tour 8.JPG Sogeri Tour 9.JPG

最後にPOMに帰って来てからボタニカルガーデンです。
これはパプアニューギニア大学の植物園で、いろいろな鳥や動物、植物が生えています。
左は木登りカンガルー、右はホーンビルです。
一緒に来たパプア人が一言。「美味しそう。」(笑)
posted by ゆく at 19:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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